術後に続く慢性的な痛みについて

手術は原因となる疾患を治療するために行われますが、それと共に多くの手術は体への負担が大きくかかります。その手術で患者さんが一番体感してしまうものとしては痛みになると思います。手術に関連する傷の痛みや、体の内部の痛みも術後は数日から数週間続くことが多いです。そのため担当医や麻酔科医が病棟と協力して術後の痛みを様々な方法でコントロールして、少しでも早期に社会復帰できるよう対応していくことが一般的となっています。

ただし、手術によっては術後に遷延する痛みが出やすい症例もあります。事前に担当の先生からは手術だけではなく、その後の予想される経過の説明を受けている事が多いとは思いますが、原疾患の治療が終わってしまうと遷延する痛みの治療だけを担当医がフォローすることは難しい事が多いです。そのため、ペインクリニック外来に紹介をいただくことがありますので、今回は術後の遷延する痛みに関して皆様と知識を共有できたと考えております。

手術を受けたことがある方、手術を受けたことはないが術後の痛みに関して不安で手術を悩まれている方にも参考していただける内容になるようお伝えしていきますのでご覧ください。

目次

術後の痛みが出やすい手術は?

まずは、どのような手術が遷延する痛みが出やすいか知っていると、手術による痛みに対しての考え方や対策のヒントを見つけていきたいと思います。一般的に術後に遷延する痛みが多い手術というのはデータとして出ており、以下のようなものがあります。

  1. 胸部手術: 特に開胸手術後には、切開部位や神経損傷による慢性的な痛みが生じることがあります。これは胸郭出口症候群や術後の神経痛として知られています。創部だけでなく、神経に関連する範囲の痛みがでることがあります。
  2. 乳房手術: 乳房切除術(乳房全摘出術や部分切除術)後には、神経損傷や組織の変化により、慢性的な痛みや感覚異常が生じることがあります。
  3. 腹部手術: 近年は腹腔鏡手術の適応が多くはなっていますが、大きな切開を伴う手術後には、傷跡周囲の神経損傷や組織の癒着により慢性的な痛みが生じることがあります。
  4. 鼠径ヘルニア手術: 鼠径ヘルニアの修復手術後には、鼠径部に慢性的な痛みが生じることがあります。これは手術中の神経損傷や手術に使用するメッシュによる刺激が原因であることが多いです。
  5. 膝関節置換術: 膝関節の全置換術や部分置換術後には、関節周囲の組織損傷や人工関節と自身の組織との適合性の問題により、慢性的な痛みが生じることがあります。元々痛みが原因で手術することが多いため、疾患による症状か手術に関連する痛みか判断することが難しいことが多いです。
  6. 脊椎手術: 脊椎手術では、手術部位の神経損傷や組織の癒着、隣接する椎間関節の過剰な負担により慢性的な痛みが生じることがあります。特に神経に元々関連する手術のため、疾患による症状か手術に関連する痛みか判断するのが難しいことが多いです。
手術の種類慢性疼痛の発生率
胸部手術(開胸手術)20% – 50%
乳房手術(乳房切除術など)20% – 60%
腹部手術10% – 30%
鼠径ヘルニア修復術10% – 30%
膝関節置換術10% – 20%
脊椎手術20% – 40%
切断手術30% – 70%

これらの手術後に遷延する痛みは、手術による神経損傷、組織の癒着、炎症反応、身体の適応機構の変化など、多くの要因によって引き起こされる可能性があります。慢性的な痛みの管理には、薬物療法、物理療法、神経ブロック、心理的サポートなど、多面的なアプローチが必要となることが多いです 1)2)3)

手術に関連する痛みのリスク因子と痛みに対しての考え方

個々のリスクとして、慢性疼痛の発生率は、患者の年齢、性別、手術前の痛みの状態、手術中の疼痛管理の不十分さ、特定の患者の心理社会的背景が関連としてあります。これらの要因は、患者が慢性疼痛を発症するリスクを高めることが示されているため、術後の痛みは多くの要因によって影響を受けることがわかります。

術後の慢性的な痛みに関連する研究は多くされておりますが、まだエビデンスの高いものは多くはありませんが、一般的な考え方は確立されつつあります。

手術前、手術中、手術後に何かしらのアプローチをすることによって慢性痛に移行しないようにする研究もされております。

まずは慢性痛になる機序としては、手術による組織の損傷が中枢神経系における痛みの伝達と処理の変化を引き起こし、これにより痛みの感受性が高まることが関与しています。この過程は中枢感作と呼ばれ、急性疼痛が慢性疼痛に移行する主要なメカニズムの一つとされております 2)

遷延する痛みの予防はできるのか

他の疾患と同様に慢性疼痛の予防と管理には、多面的なアプローチが必要となります。予防策としては、手術前のリスク要因の特定や、適切な疼痛管理計画を立てる、手術中および手術後の痛み管理の最適化が挙げられます。それでも慢性疼痛が発生した場合の治療としては、薬物療法、物理療法、心理的介入が必要となることがあります。

手術前、手術中、手術後の予防策としてまだエビデンスとして確立されているものではありませんが、現在における研究段階として考えられているものを挙げていきます、

手術前の予防策

  1. リスク評価: 患者の痛みの経過、心理社会的状況、術前の疼痛状態を評価して、慢性疼痛のリスクを挙げます
  2. 教育とカウンセリング: 手術と疼痛管理に関する情報を患者さんに事前に説明して不安を軽減を図ります
  3. 事前の疼痛管理: 手術前に非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やガバペンチンなどの薬剤を使用して、術後疼痛の予防に取り組みます

手術中の予防策

  1. 最小限侵襲手術: 可能であれば、組織損傷を最小限に抑える腹腔鏡などの手術技術を選択します
  2. 局所麻酔: 手術の創部に局所麻酔薬を使用して、術中および術後の疼痛を軽減します
  3. 適切な麻酔管理: 全身麻酔の適切な管理により、術後の疼痛発生率を低減します

手術後の予防策

  1. 多面的な疼痛管理: オピオイド、非オピオイド鎮痛薬、局所麻酔薬を組み合わせた疼痛管理を行います
  2. リハビリテーション: 早期からの運動療法により、機能回復を促進し、疼痛を軽減します
  3. 心理的サポート: ストレス管理、リラクゼーション、認知行動療法などにより、疼痛に対する心理的部分をサポート

予防、早期介入、および患者さん中心の総合的な疼痛管理を行う事によって、術後の慢性疼痛の発生率を低減し、影響を受ける患者さんの生活の質を改善することが目標となります1)4)

当院の考え方・治療方針

これまで一般的な考え方や対応を述べてきましたが、ここからは当院での受診される術後に遷延する痛みを抱える患者さんへのアプローチや治療方針についてお話していきます。

考え方に関しては今までブログで述べた通りの痛みの治療と同じになります。痛みの種類を侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性疼痛のいずれであるかを、問診や診察を通じて分類していきます。術後というところに集中しすぎてしまい他の部位が痛みの原因であることを見逃してしまう可能性もあるので注意が必要です。

痛みの種類がある程度わかりましたら、内服や神経ブロックの適応を判断していきます。また、原疾患の治療との関連が必要な場合は担当医の病院と連携を取っていくこともあります。多くは画像で判断できないような損傷や癒着等での痛みとなるため、治療を進めながら反応がよい治療によって原因が推測・特定されることもあります。

実際のブロックとして多く用いられるのが硬膜外ブロックであると思います。硬膜外ブロックは背骨にある神経の通り道である脊柱管というトンネル構造の空間に痛み止めの薬液を入れていきます。それによって、体表面の痛みにも有効ですし、穿刺部位を変える事によって上肢や下肢への対応もできます。また内臓神経や自律神経への効果もありますので、胸腔内や腹腔内といった術後に起こりうる痛みの原因にも対応できるのがメリットとなります。痛みの日常生活への影響を考えながら内服薬と併用して調整を行っていきます。

まとめ

今回は術後の遷延する痛みについてお話していきました。わたくし自身元々は麻酔科であったこともあり、手術に関連する痛みに関しては様々な方法を経験してきていますが、急性期の痛みだけではなく、その後の長い人生である術後まで考えられる痛みの管理を目指して医療を行ってきました。

実際にペインクリニック外来に受診される患者さんの割合として術後痛の訴えが多くないのは良いことではあると思いますが、来られた患者さんは担当医の先生でも対応できなかった症例が多いため、もう一度痛みの原因の可能性を整理してからの診療・治療となります。今回の考え方や参考文献をもとに患者さんと治療計画を立てていきます。

患者の皆さんが痛みに関して不安を感じずに受診できるよう、今後も痛みに関する情報を提供していきます。ご質問やご相談があれば、お気軽にお問い合わせください。健康な毎日をサポートするお手伝いをしていきます。

参考文献

1)Reddi, D Preventing chronic postoperative pain. Journal of Pain Research,2016;9:105-110.

2) Patricia Lavand’homme Transition from acute to chronic pain after surgery PAIN 2017;158: 50-54

3)D. Correll Chronic postoperative pain: recent findings in understanding and management F1000Research 2017;6:1054

4)R. Deumens et al. Prevention of chronic postoperative pain: Cellular, molecular, and clinical insights for mechanism-based treatment approaches Progress in Neurobiology, 2013

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